恵比寿・代官山・原宿

<謎の多い風景をもつ渋谷>

これからご紹介する渋谷は、その独特な景観から近年、多くの人が集う場所として日本で知らない人はいない屈指の都市に上りつめました。今から50年ほど前を知っている方は、ここまで有名な地域になるとは想像もしなかった事でしょう。

では、時代を少し遡っていただきましょう。
町には川が2本流れています。渋谷川(穏田川)と宇田川です。坂道を馬車が通っています。その傍らで風車が回り、川から農地に水を引きお米を精米しています。近くにはお城があり(※1)、周りを渋谷川に囲まれ砦を作り守られています。富士見坂(今の宮益坂)を上ると、遠くに富士山が見えました。これは江戸時代の風景です。時代が古いので当然ですが、現在から考えるとイメージが湧かないですよね。

今でも渋谷川の姿を見る事が出来ますが、ほぼ全てが暗渠化され下水道として使われているので当時の姿は存在しません。しかし長い年月の中で台地を削り、谷を作り出し、その谷底に人々が集った。まさにここは“川が造り上げた町”だということは紛れもない事実です。

明治以降

時代は進み、明治18年に品川線(後の山手線)渋谷駅が開業。大正に入ると、関東大震災によって被害の大きかった下町の一流店が徐々にこの地に移ってゆき、道玄坂一帯が繁華街として賑わってきます。昭和7年には渋谷町・千駄ヶ谷町・代々幡町の3町が合併して「東京市渋谷区」として誕生。その頃東横百貨店が誕生し、東急東横線、京王井の頭線が開通するとターミナル駅として益々発展、道玄坂も都内有数の盛り場となりました。その後様々な方面へ流れる鉄道路線が開通し、高度経済成長期の時代を経て現在の姿に変貌を遂げました。

このように他に類を見ない個性的な街並みになったのには、深い歴史があり、時代と共に歩んできた先人たちの足跡がそこにあります。

<恵比寿・代官山・原宿も実は渋谷区>

地図で見てみると新宿へはもちろん、東は青山や六本木、品川へ、西は二子玉川や成城へも交通機関を利用すれば15分程度でいけてしまう利便性の良さが魅力です。日本有数の大都市機能を持つターミナル駅として、いかんなく実力が発揮されています。区の面積でいうと15.11km²で23区中13番目の広さなのですが、恵比寿や代官山、広尾や代々木、幡ヶ谷にいたるまで広範囲のイメージがありますよね。

「恵比寿」はビール出荷用のための貨物駅から発展。サッポロビールの前進、大日本麦酒株式会社がありました。跡地は現在、恵比寿ガーデンプレイスです。当時ひなびた土地であった「代官山」は次第に高級住宅地に変わり、今やおしゃれな街の玄関口に生まれ変わっています。明治神宮の最寄り駅として落ち着きのある駅であった「原宿」は、東京オリンピックが開かれるのを契機に賑やかな雰囲気に変わり、竹の子族(※2)が出現してからティーンエイジャー世代の若者が溢れだしました。

ひとえに渋谷と言っても様々な表情を私たちに見せてくれています。

※1 渋谷三丁目にある金王八幡宮にお城の面影をみる事ができる。渋谷区内最古の木造建築はここが都会だということを忘れさせてくれる場所。
※2 1980年初、歩行者天国(ホコ天)が開催される休祭日に原宿近辺の路上に集まり、ディスコサウンドをかけチームで踊っていた。